第5回「働く場と健康について」

最近の職場

 

 1990年代以降わが国の産業構造は大きく変化し、サービス業が6割以上を占めるようになりました。なかでもヒューマンサービス職ではメンタルヘルスの問題が増大しました。ヒューマンサービスというと、「おもてなし」が思い浮かびます。それがストレスとなっていると歪んだサービスになりそうですね。お客さまの満足だけを考えるのはバランスがとれません。それもやり取りを欠いた押しつけサービスにもなりかねません。

 しかし、もともと働くことはヒューマンサービスだったのではないでしょうか。たとえそれが、自分が食べるためではあっても、それは自分へのサービスであり、そのことが他の人との役割分担のひとつとなって助け合いになります。人と人がつながることで働く喜びが得られたのです。それなのになぜヒューマンサービス職を中心に健康の問題が多くなっているのでしょうか。

2 働くことは人とつながること

 

 ひとりですべての仕事をこなすことは、とても疲れますし無理が多いです。そこで他の人たちと協力しあい分担しあい少しでも良い仕事を効率よく進めるようになりました。そこでは、いろいろな人がいるわけですから作業のスピードも取り組む態度も異なります。この違いが、さまざまなズレを生んでイライラしたりガッカリしたりという感情を生んでいます。せっかくつくった料理が、ほかの人に拒否されたらガッカリします。腹も立ちます。人とつながるというのは、相手に合わせその期待に応えなければいけないという大きなストレスなのです。

 でも、その一方で喜ばれたり認められたりするのも人とのつながりがあるからこそですね。それは働くことを楽しくさせ、疲れを忘れさせる面もあります。一緒に悲しめば少しは楽になるかもしれませんし、ともに笑ってくれる人がいたら幸せな気分になれるかもしれませんね。それをほかの人に求めてばかりいませんか。期待して待つことも素晴らしいことですが、期待を裏切られることも多いものです。だったら自分がまず、ほかの人の悲しみや喜びに同調してみるのはどうでしょう。こうした同調行動は、相手との親密感を高める効果もあるようです。一緒に働く人、生活する人にとってちょっとした工夫です。

 それに、こうしたちょっとしたやり取りがあれば、何か問題があった時も声をかけたり高い緊張をほぐしたり、ミスや事故も防いでいることがあるのです。挨拶しても返せない偉そうな人、返事もできない忙しそうな人、そういう人は自分の狭い限られた関係の中で自己中心的な態度に陥ってしまいかねません。余談ですが、〝こころの専門家〟とか言われる人に案外多いようです。あっ!自分かもしれませんね。注意します。 


3 感情的になることの大切さ

 

 衝動的ということとは違います。時と場合によりますが、豊かな感情は良いサービスの基本です。コントロールできるかどうかが鍵です。日々の忙しさのなかで、それをどう味わうか、そんな時間を大切にしたいものです。 

 つまらなくとも笑顔で対応し、うれしくても顔に出せなかったり、といった自分の感情を押し殺しているのはつらいことです。お客さんに合わせているのは、どこか無理して働くことで感情労働(emotional labor)とも言われます(Hochscild、1983)。無理な要求のもとで責任を果たすことが求められています。いつしか疲れとともにセンサーとしての感情まで麻痺してしまいます。対応も機械的でパターン化してしまいますね。「おもてなし」などと改めて言われると押し付けがましく感情はこもっていないのではないでしょうか。 

    感情は伝染します。職場や家庭などで、どのような感情が生まれ伝わっているでしょうか。過剰に感情を抑えていなければいけない職場ほど過労と慢性疲労に見舞われているものです。Doherty(1997)は「情動伝染(Emotional Contagion)」と言っていますが、楽しい感情やうれしい感情などが伝わる組織であればこのような状況も防ぐことが可能なようです。感謝したり、ホッとしたり、美しいものやおいしいものに感激したり、いくらでも感情を味わう機会はあるはずです。いきいきした健康生活に豊かな感情は不可欠です。