第1回「ストレスとのおつきあい」

1 はじめに

 

 世の中「こころ」があふれています。「こころ」は見えません。「こころの問題」とか「こころの病」とか、その実像が見えないことで怪しい専門家も増えています。スピリチュアルとかメンタルとか、どこか胡散臭いと思いませんか。「こころ」治しをしたがる人も増えています。「相手のこころが手にとるように…」などといった本もたくさん出ています。多くの場合、問題を探って相手を不安にさせることで自分の存在感を味わいたがる臨床心理関係者などに見られます。「いまこうなっているのは、過去に…」という単純な因果関係で説明してしまいます。因果関係(いま起きている出来事は、それ以前に何らかの原因がある)は、当たり前なのですがその説明はかなり難しいのです。何が理由や原因といえるのか、ひとつに絞り込むことなどできないのが事実です。それでも私たちは何か原因らしいものを見つけるとスッキリするものですから、わかりやすいものに原因を求めます。「こころが操れる」とか、「悩みの原因はこれだ」などと自信たっぷりに言われるとそうなのかと、そこを見るのでつい当たったなどと思ってしまいます。その結果、変えようのない過去に落ち込んでしまったり、子育ての仕方を悔いてみたり、いま現在のかかわり方にさえ自信をなくして不安になってしまうこともあります。その典型がストレスの話題かもしれません。そのストレスも見えません。見えるのはその人のふる舞い方や態度、その背景にある考え方も含めてその人の行動全体です。

2 ストレスについて

 

 よくストレスの「解消」とか、ストレッサー(ストレスの原因)を「無くす」といいます。しかし、ストレスは無くなりません。なぜなら私たちは生きているからです。外からの刺激や環境の変化、自分自身の変化など、それまでのバランスが崩れて不安定になることがストレス状態です。私たちはそれをもとの状態に戻そうとしたり、もっとよい状態にするためにがんばります。これが行動のモチベーション(動機づけ)となります。ストレスの肯定的な面をユーストレス(eustress)と呼ぶこともあります。そこで大事なことが、頑張りや対処の仕方、疲れの取り方ということになります。

 1960年代には生活上の出来事によってストレスの程度が違うことが確認されました(Holmes, et al., 1967)。そこでは、つらいことや嫌なことだけではなく、楽しいこともストレスになっていることが確認されています(ストレス度100の判断基準として〝結婚〟を50にしたそうです。ストレスの代表なのですね…)。

 

 ところが、同じ出来事でも個人によってそのストレスの影響の度合いが違うということに注目したラザルスたち(Lazarus, et al., 1984)は、対処の仕方(コーピング行動)によって病気にかかる率が違うことを明らかにしました。きっと皆さんがこれまで生き抜いてこられた実績こそコーピングの積み重ねです。普段はその蓄積を生かしながら、うまくいかなければ工夫をする。それこそが発達過程なのです。

3 ストレスへの対処

 

 最後にストレス対処のコツのひとつを紹介します。決して正解ではありません。正解があると思うところが落ち込む人の落とし穴になります。

 ストレスを感じてしまってからでは、すでに重症かもしれませんが、うまくいっていないところに目が行きやすいですから、その分、うまくいっている、できているところもチェックしてください。悪い所探しのストレスチェックそのものが、ストレスになっているものです。   

 そして、見えるもの、確認できるものを生かすことが大切です。なんでもストレスですから、それをひとつひとつ消し去ろうとすることは不可能です。原因を探していること自体が余計なストレスになります。考え方やものの見方を変えるのは、なかなか難しいものです。脳などの機能は身体と独立してあるわけではありませんから、まず見えて確認できる具体的な行動を工夫することが良いでしょう。脳科学で有名な篠原菊紀氏は次のような振る舞いを紹介しています。へこんでいる時、「手を洗って上を向き、にっこり笑って背筋を伸ばす」と。

 まずはやってみましょう。試す元気があるうちに、工夫することがストレス対処のコツです。